田中久貴 写真展 大廈 The Buildings, Mansions.

田中久貴 写真展

大廈 The Buildings, Mansions.

2026年1013日(火)〜1018日(日) 12:00〜19:00 ※最終日18:00まで

田中久貴 写真展 大廈 The Buildings, Mansions.

イギリスの植民地下にあった香港は1997年に中国に返還されて以後、香港特別行政区として一国二制度でもって併存統治されている。2019年にはじまった民主化のデモはまだまだわたしの記憶に新しい。結局、国家安全維持法が施行されたことで志が絶たれ、国外に渡った人々もいるというニュースを耳にしている。香港紙創業者に対し云い渡された高等法院による判決内容は、現実の非情さをまざまざと突き附けた。

ガンガンに冷房が効いた屋内から一歩、外に踏み出た瞬間に眼鏡とカメラのレンズが曇った。2025年8月の香港は外を歩けば噴き出す汗が止まらない。地下鉄とトラム(路面電車)を駆使して100パーセントに近い窒息しそうになる湿度のなかを街中ひたすら歩いた。二本買えば一本分の通常値段が安くなる“雪花”と書かれた香港で最も安い缶ビールばかり呑んでいた。

道路を覆い尽くすように張り出した無数のド派手なネオンサインは僅かに残っているだけ。スラム街・九龍寨城は公園へと生まれ変わり、航空機が屋上スレスレを飛び交う、離着陸するに危険極まりない啓徳空港も閉じた。エキゾチックでフェティッシュな混沌の象徴は街から一掃されている。

それでも、やっぱり何処もかも燻んでいる。建て増し積層された高層住宅が一分の隙もなくひしめいている。巨大であればある程、益々せせこましさが増して来るのを皮肉に感じた。

わたしはまっすぐに眼を向け、眼球が求めるままにエアコンの室外機とベランダのない窓から外に釣り出された洗濯物の世界をわたしのなかにすべて受け入れようとした。

大廈はわたしを冷徹な眼で凝視する。わたしは自分を晒け出して、飛び込んで来る日常としての香港をひたすらとり入れて向かった。これ以上吸い込めば破裂しそうになる程に。

“雪花”というネーミングがどうもずっとしっくり響いて来ない。

香港に似つかわしくないし、そもそもがイマイチだ。似つかわしくないから期待か何かを込められてこんな商品名が附けられたのかも知れないけれど、いくら呑んでもわたしは素面でいられた。

わたしは香港の街のなかにいた。

わたしたちは同時間に《生きていた》。そして、ほんの少しだけ向こうの《ああ、生きていくしかないのだ》が聞こえたような気もするが、気がするだけで、それはわたしが無自覚にわたしに発したことばかも知れない。

写真集「大廈」、2026年9月15日、文芸社より全国書店・ネット書店にて販売開始。

田中 久貴 たなか ひさたか

1976年 滋賀県高島郡(現・高島市)生まれ。京都府宇治市で暮らす
1983年 滋賀県高島郡(同)に転居
2001年 同志社大学文学部文化学科美学及芸術学専攻卒業
2026年 写真表現大学修了
現在、京都市山科区に在住

受賞歴

2026年 写真集大賞 最優秀賞受賞


最終更新日:26年7月31日(金)
投稿者:solaris